「アーニス」はどこから来たか?(1)

アーニスの文化
1630年に出版されたスペインの剣術書の挿絵。アルネス・ドブレの練習風景。

「エスクリマ」や「カリ」と並んでフィリピン武術の名称として使われる「アーニス」は、スペインがフィリピンを統治していた時代のスペイン語「アルネス」が変化したものだと言われています。

しかし、その「アルネス」が何を意味するのかについては、いくつかの説があります。今回は「アルネス」の意味を探っていきます。

アーニスの語源は、衣装の飾り

アーニスの語源について説明するときに常に紹介されるのが、スペイン統治時代の有名なタガログ詩人、フランシスコ・バルタザールの詩 “Florante at Laura(フロランテとラウラ)” の一節です。そこには、宗教劇モロモロの戦闘シーンで俳優が披露する “larong buno’t arnes(ブノとアルネスの戦い)” の技術の高さに、バルタザールが感動した様子が書かれています。

この詩では、素手で戦うレスリングを「ブノ」、武器を使って戦うフェンシングを「アルネス」と表現していることから、この詩が書かれた時点では、「アルネス」という言葉がフェンシングとして一般に認識されていたことがわかります。ただし、その語源についてはこの詩からは推測できません。

1957年にプラシド・ヤンバオが出版した世界で最初のアーニスの教本 “Mga Karunungan sa Larong Arnis(アーニス競技の知識)” には、アーニスという名称は、1853年に著名な作家であるバルタザールが、”Florante at Laura” で使ったことがきっかけで、「カリ」に代わって使われるようになったことや、アーニスが「スペイン語の『アルネス』が転訛したもので、それはモロモロやデュプロ(宗教劇)の俳優が衣装に付けるカラフルな飾りを意味する。」ことが書かれています。

1957年に出版されたヤンバオの本。写真の右の人物がヤンバオで、左がミラフエンテ。この本が「アーニス=衣装の飾り」説の元となった。

ヤンバオの本には、バルタザールの詩が発表されたのは1853年と書かれていますが、実際には、この詩が書かれたのは1835年か36年のことであり、マニラの聖トマス大学で初版の1,000部が出版されたのは1838年のことです。また、詩が書かれたことでアルネスが武術の名称になったわけではなく、書かれた時点でアルネスはすでにフェンシングの名称として知られており、たからこそ、その言葉が詩に使われたのです。

実は、ヤンバオの本の歴史のパートを書いたのはヤンバオではなく、ヤンバオの盟友でフィリピン武術研究家のブエナベントゥラ・ミラフエンテなのですが、これ以後出版されたフィリピン武術の書籍のほとんどが、このミラフエンテの主張する「アルネス=衣装の飾り」説を踏襲していきます。

例えば、1969年にドン・ドレガーが出版した “Comprehensive Asian Fighting Arts” には「現在フィリピンで最もよく知られ、最もシステム化された武術はアーニス・デ・マノである。」 「この用語はスペイン語の『アルネス』から来たもので、これはモロモロの俳優が身に付ける飾り、またはハーネスを意味し、『マノ』は手を意味する。」と書かれています。

また、1997年にマーク・ワイリーが出版した “Filipino Martial Culture” には「1853年にスペイン人の修道士がコメディヤ(宗教劇)の俳優のコスチュームの飾りを呼んだアルネス・デ・マノという言葉が、存在を隠し、芸術的な表現の動作に偽装したカリの名前となった。」「1953年に、詩人のラウレアテ・フランシスコ・バラグタス・バルタザールが “Florente at Laura” でアーニスについて書いたことで、アルネス・デ・マノはアーニスと短縮されるようになった。」と書かれています。また、同書の巻末にある用語集にも、”arnes” について「スペイン語:コメディヤの俳優が着る衣装の腕飾り。」と書かれています。

2001年にマーク・ワイリーが編集して出版したアーニスのエッセイ集 “Arnis” に収められたフェリペ・ホカノのエッセイ “A Question of Origins” には「アーニスという言葉は、スペイン語の『アルネス』がタガログ語になる過程で変化したものだと思われ、それは初期のフィリピン人が着ていた服の飾りのことである。」と書かれています。

さらに、2002年にアマンテ・マリナス・シニアが出版した “Pananandata” には「スペイン人の影響力が増す中で、多くの現地語がスペイン語に置き換わった。実際に1853年までに『カリ』という言葉は『アルネス』に置き換わり、後に『アーニス』へと変わった。」「アルネスという言葉は、クリスチャンと異教徒の争いをテーマにした『モロモロ』と呼ばれる演劇で使われるコスチュームの飾りである。」と書かれています。

これらを見ると、”Mga Karunungan sa Larong Arnis” の出版後に出版されたフィリピン武術の本の著者はみな、それまで「カリ」と呼ばれていた武術が、1853年以降「アーニス」と呼ばれるようになったことや、そのアーニスが宗教劇の俳優の衣装の飾りを意味するという、ミラフェンテの主張を継承じていることが分かります。

アーニスの語源は甲冑

アルネスが衣装の飾りではなく甲冑を意味するスペイン語だという説も、少なからずあります。

例えば、Wikipedia(英語版)には、①「アーニスは、古スペイン語で『鎧』を意味するアルネスに由来する(ハーネスは、同じ語源の古英語である)。」②「これは、俳優が木刀で模擬戦闘を行う伝統的なモロモロ舞台劇で使用された鎧の衣装に由来すると言われている。」と書かれています。

そして、①のセンテンスのエビデンスとして2000年にマーク・ワイリーが出版した “Filipino Fighting Arts” の1ページから15ページを、②のセンテンスのエビデンスとして1986年にエドガー・スリティが出版した “The Secrets of Arnis” を挙げています。

ただし、ワイリーの著書の当該ページには、アルニスが古スペイン語で鎧を意味することなど一言も書かれていません。この本はアーニス各流派のシステムやトレーニング法、戦術などを紹介する本であり、ワイリー自身も「イントロダクション」で「この本はフィリピン武術の文化や歴史、マスターたちの経歴を紹介するものではない。」と書いています。

また、スリティの著書には「歴史的にアーニスはアルネスから派生したものであり、これはモロモロの俳優が着ていた、甲冑の上に付けた飾りのことである。」と書かれており、これは従来の「アルネス=衣装の飾り」説であるため、ここにもアルネスが甲冑であるこは書かれていません。

以上のことから、Wikipedia(英語版)に書かれた①と②の記述に信憑性はありません。それではWikipedia 以外のアーニスの書籍にある「アルネス=甲冑」説はどうでしょうか。

1983年にプレサスが出版した本。「アーニス=甲冑」説を紹介している。

1983年にレミー・プレサスが出版した “Modern Arnis: The Filipino Art of Stick Fighting” にはアーニスの語源について「これらの劇はフィリピン人が演じ、ときにはアルネスを身に付けたスペイン人兵士の恰好もした。アルネスとは中世の人びとが鎧として着ていたハーネスのことである。」と、「アルネス=甲冑」説が書かれています。

しかし、同じプレサスが1974年に出版した”Modern Arnis: Phiiippine Martial Arts” には「劇中ではキリスト教のために戦うスペイン兵はアルネスを着ていた。これは英語のハーネスを意味するスペイン語で、中世の兵士が着用するカラフルな飾りである。」と、ミラフエンテ以来の「アルネス=衣装の飾り」説が書かれています。プレサス自身、アルネスが「甲冑」なのか「衣装の飾り」なのか、確証を持っていなかったのでしょう。

しかし、2001年にマーク・ワイリーが編集して出版したアーニスのエッセイ集 “Arnis” に収められたペドロ・レイエスのエッセイ ”The Filipino Martial Tradition” には「アーニスはスペイン語のアルネスが訛ったもので、それは中世ヨーロッパの騎士が着ていた、金属の輪や鎖、金属片をつないでできた柔軟な鎧を意味した。」と書かれていることから、「アルネス=甲冑」は一部では支持されているようです。

では、この「アルネス=甲冑」説はどこから来たのでしょうか。実はこの説も「アルネス=衣装の飾り」説を最初に主張したミラフェンテから来たたものでした。

ミラフエンテは “Mga Karunungan sa Larong Arnis” を出版する9年前、1948年にイブニング・ニュースに寄稿した記事「フェンシング:フィリピン・スタイル」の中で「それぞれの俳優には甲冑、またはスペイン語のアルネスが支給されたが、これは板金や鎖の網でできた防御用の上着で」と、「アルネス=甲冑」説を主張していたのでした。ミラフェンテもプレサス同様、アルネスが「甲冑」なのか「衣装の飾り」なのか、確証を持っていなかったようです。

それではアルネスは「衣装の飾り」なのでしょうか、それとも「甲冑」なのでしょうか。

アーニスの語源は武器

Wikipedia(英語版)にはアーニスの名称について「アルネスはまた、武器を意味する古スペイン語であり、1712年には既に使用されていた。」とも書かれており、これにはしっかりしたエビデンスが存在します。

それは、1712年にフランシスコ・サントス・デ・ラ・パスがフランシスコ・ロレンツ・デ・ラダに宛てて書いた非公式の書簡 “Ilustracion de la destreza indiana(新大陸のアートの知識)” です。その書簡には、 “armado de los dos Arneses, Espada, y daga, (剣とナイフ、2つの武器で武装して)” とアルネス(arnes)が武器を、その複数形のアルネセス(arneses)が複数の武器、剣とナイフ、つまりエスパダ・イ・ダガを意味する言葉として出てきます。

また、上述のラダはスペイン剣術、ベルダデラ・デストレザを教える学校の校長でしたが、彼が1705年に出版した剣術書 “Nobleza de la Espada(剣の気品)” の第3巻、第26章にも “con los Arneses en planta Espanola (スペイン式スタンスで武器を構え)” とアルネセスが武器を意味する言葉として出てきます。武器が複数形であることから正確には「スペイン式スタンスで2つの武器を構え」という意味になります。

スペインの剣術書の挿絵。剣とロデラ(円形シールド)を組み合わせた、アルネス・ドブレの練習風景。

スペインの古典剣術には「アルネス・ドブレ(arnes doble)」と呼ばれる技術があります。これを現在、研究、実践するスペインの武術団体、アカデミア・デ・エスパダのウェブサイトによれば、アルネス・ドブレは「多くの場合、剣は他の武器と組み合わせて使用されたため、このような名前が付けられた。組み合わせる武器で最も重要なのはナイフだが、バックラー(小さな円形シールド)、ロデラ(円形シールド)、またマントも一般的に使用された。」と、2つの武器を操る技術を解説しています。

ドブレは英語でダブルを意味することからも、アルネスが武器を意味する古スペイン語であることが分かります。また、多くの場合、アルネス・ドブレはエスパダ・イ・ダガであったことから、アルネスの複数形のアルネセスがエスパダ・イ・ダガを意味していたことも分かります。

そのアルネセス(エスパダ・イ・ダガ)は、海賊との戦いのためにスペイン人からフィリピン人に伝えられる過程で「アルネス」に変化し、そして最終的に「アーニス」になったと思われます。

伝えられた技術はエスパダ・イ・ダガなので、本来は「アルネセス」と呼ばれるはずなのが「アルネス」となったのは、フィリピン語には日本語と同じく、単語自体を単数形や複数形に変化させることがなく、単語に数の概念がなかったからでしょう。(日本人が英語を話すときに頻繁に起こるミスと同じです。)

個人的にも、「衣装の飾り」や「甲冑」が武術の名称となるのには違和感を感じます。戦闘シーンを上手くこなす俳優を「あの俳優は武器(アルネス)の名手だ。」とか「あの俳優は武器(アルネス)に秀でている。」と言ったことから、アルネスが武術の名称となったと考える方がしっくりきます。

参考資料

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  9. Wiley, M. V. (2001). Filipino Fighting Arts: Theory and Practice. CA. Unique Publication.
  10. Thibault, Girard d’Anvers. (2006). Academy of the Sword. TX. Chivalry Bookshelf.
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