バリンタワク・エスクリマ(2)

モニ・ベレスの写真 アーニスのスタイル
グルーピング・システムを開発した、ティオフィロ・ベレスの息子、モニ・ベレス(右)。

今回は、バリンタワク・エスクリマの画期的な練習システムであるグルーピング・システムと、そのグルーピング・システムを開発し、短期間でバリンタワクをドセ・パレスと並ぶまでに発展させた、バリンタワク・インターナショナルについて書いてみます。

バリンタワク・エスクリマの指導法

バリンタワク・エスクリマの特徴は1対1の指導法にあります。練習者はまず12種類のストライクを学び、次にそれらのストライクに対するブロックと、ブロックからのカウンター・ストライクを学びます。

ストライク、ブロック、カウンターの基本が身についたら、練習者は指導者が出すストライクに対しカウンター・ストライクを打ち返し、指導者はそのカウンター・ストライクに対しカウンター・ストライクを打ち返します。こうして練習者と指導者が、お互いにカウンター・ストライクを延々と打ち返し合う練習法をパラカウ呼びますが、このパラカウこそがバリンタワク・エスクリマの練習の基本であり、練習者はパラカウを通してさまざまなディフェンスやオフェンスの技術を学んでいきます。

指導者が出す攻撃は最初は決まった順序ですが、練習者が上達していくとランダムなものになっていきます。さらに練習者が上達するとスピードやパワーが加わったり、タイミングが変化したり、フェイントが入ったりと、さらに難易度が上がっていくきます。

指導者が練習者の技量よりも少し上のレベルの攻撃を出し、その障害を乗り越えさせることで練習者の技量を高めていくこの指導法はアガク(ガイド)と呼ばれ、バリンタワク・エスクリマの指導法の核であり、バリンタワク・エスクリマの指導法が1対1であるのはこのためです。

そのため、バリンタワク・エスクリマの指導者には練習者よりも高い技量が必要とされますが、練習が進んで指導者と練習者の技量が近づいていくとパラカウは実戦さながらのものとなっていきます。

実力のある指導者が、個人個人の能力を見極めながら、基本から高度な技術までをつきっきりで指導するこの指導法により、バリンタワク・エスクリマは創設して間もないうちに多くの練習者を集め、ついにはセブのアーニスの主流を占めるまでになっていきました。

バリンタワク・インターナショナル

バリンタワク主流派

バリンタワクのメンバーが増えるにつれて、セブの各地にさまざまな練習グループが結成されましたが、そのなかでもバリンタワク・エスクリマの発展に最も貢献したグループが、1957年にホセ・ビリャシンとティオフィロ・ペレスが設立したバリンタワク・インターナショナル・セルフディフェンス・クラブ(以後バリンタワク・インターナショナル)でした。

バリンタワク・インターナショナルの最大の貢献はグルーピングと呼ばれる、後に多くのバリンタワク・グループが採用する指導システムを開発したことにあります。

このグルーピングは、バリンタワク・インターナショナルの初代総裁を務めたホセ・ビリャシンが、ビサヤ大学で護身術のクラスを指導していたときに開発したもので、難解であったアンションの技術や理論を、学生たちに理解しやすいように、分解し、グループ分けしてメモにまとめたことが始まりだといわれています。

それまのバコンの指導法は、技術を系統立てずにランダムに教えるたけのものでしたが、ビリャシンは、バコンから学んだすべての技術を、いったんバラバラに分解し、ひとつひとつ分類して組み立て直し、特定の技術ごとにグループ化し、ひとつのグループを学ぶと次のグループに進む、段階的な指導法を開発したのでした。

ある説ではこのアイデアは、バリンタワク・インターナショナルの副総裁で自宅の庭を練習場所として提供していた、ディオフィロ・ベレスが最初に考え、ビリャシンに伝えたのが始まりだともいわれている。

どちらにしてもビリャシンのメモの段階ではグルーピングは大雑把なアウトラインにすぎず、後にバリンタワク・インターナショナルの日々の練習のなかで、ビリャシンとベレスがメモの内容を検証し、修正を繰り返すことで完成したことを考えれば、グルーピングはバリンタワク・インターナショナルの発明だといえるでしょう。

グルーピングは、バコンの技術を単純化したものだといえます。攻撃ごとに技術を分類し、特定の攻撃に対するカウンターをパターン化しているため、指導者がランダムに出す攻撃に対してカウンター・ストライクを打ち返すそれまでの練習法とは違い、誰もが理解しやすく、段階を踏んで効率的に上達できるシステムでした。そのため、グルーピングの導入によりバリンタワク・エスクリマの人気は急速に高まり、指導者が新たな指導者を生み出すことで、短期間のうちにセブのアーニスの主流を占めるようになりました。

ただし、バコンの古い弟子の一部からは、バコンの技術は単純化、パターン化できるものではなく、グルーピングによってバリンタワク・エスクリマの実戦性が損なわれるとの批判もありました。

実際、バコン自身も、グルーピングをそれほど評価しておらず、バコンが晩年に立ち上げた、自身の理想のアーニスを追及する、バリンタワク・オリジナルでもグルーピングは指導していませんし、プライベートの生徒にもグルーピングは指導していませんでした。

そのため、現在でもバリンタワク・オリジナル系の団体ではグルーピングを採用していませんし、プライベートの生徒の系統である、ダニー・カシオが主催するレッド・バリンタワクでもグルーピングは採用していません。

また、バコンではなくドーリン・サアベドラの系統のバリンタワクを継承するアティリョ・バリンタワクでもグルーピングは採用しておらず、技術の単純化を否定し、グルーピングを受け入れない団体も少なからず見られます。

しかしながら、段階を踏んだプログラムの下で、誰もが着実に技術を上達させることができるグルーピング・システムは、指導者にも練習者にもそれを上回るメリットがあり、今では、ほとんどのバリンタワク・グループが、内容に多少の違いはあるものの、このグルーピング・システムを採用しています。

2019年、私がWOTBAG(バリンタワク・インターナショナルの後継団体)を取材した際に、ティオフィロ・ペレスの息子のモニ・ペレスが「セブには多くのグループがあるが、すべてはうちのシステムを使っている。」と語っていましたが、まったくその通りでしょう。今のバリンタワク・エスクリマは、グルーピング・システムそのものといえます。

グルーピング・システム

グルーピングとは、ある特定の攻撃に対するカウンターのパターンのセットです。ビリャシン・ベレス・スタイルでは、練習者は12種類のストライクとそれらに対するブロックとカウンター・ストライクを学び、その後バット(スティックの下端)を使った攻撃に対するディフェンスを学ぶと、グルーピングの練習に入っていきます。

グルーピングは5種類あり、グループ1では相手がスティックや手をつかんできたのに対するカウンターを、グループ2ではバットを使った攻撃に対するカウンターを、グループ3では突きに対するカウンターを、グループ4ではアバニコ(ファン・ストライ)に対するカウンターを、グループ5ではディスアームやパンチに対するカウンターを学びます。

グループ1でつかみに対するカウンターを練習したら、それを12種類のストライク、ブロック、カウンターと合わせてパラカウを行い定着させ、それができるようになったらグループ2に進み、グループ2が身についたらグループ2に12種類のストライク、ブロック、カウンターとグループ1を合わせてパラカウを行う、といった形で段階を踏んで練習が進んでいきます。

バコンが、左手の使い方を熱心に研究したことからもわかるように、バリンタワク・エスクリマでは、「左手8割、右手2割」といわれるほど、スティックを持っていない左手の役割が重要なのですが、その左手を使った高度な攻防の技術はこのグルーピングを通して身につけていきます。

そしてグルーピングをすべて終えると、相手の体や腕を押したり引いたり、ヒジ打ちや頭突、蹴りなどを入れたりと、体のあらゆる部位を使った攻撃も加わっていき、最終的にはバリンタワク・エスクリマが目指す、路上でのなんでもありの戦いを想定した攻防となっていきます。

バコンの指導法がランダムたったことや、ドセ・パレスがスパーリングを繰り返して技を自得させるシステムだったことを考えると、誰もが安全かつ効率的に高度な技術を身につけられるグルーピングは、それまでのアーニスの指導法を変える革命的なシステムでした。

今ではバリンタワクほとんどのグループがこのシステムを採用していることや、バリンタワク・エスクリマが短期間でセブのアーニスの主流の位置についたこと、セブを超えて世界各地で学ばれるようになったことも、このシステムの優秀さを考えれば当然の結果といえるでしょう。

写真集 ワールド・テオベルズ・バリンタワク・アーニス・グループ

ワールド・テオベルス・バリンタワク・アーニス・グループ(WOTBAG)の練習風景です。

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参考資料

  1. 大嶋良介「セブ島のアーニス:第3回 バリンタワク・エスクリマ アーニスのシステム化」『月刊秘伝 2020 AUG. 8』2020年7月14日, BABジャパン。
  2. 大嶋良介(2013)「公開!フィリピン武術の全貌」東邦出版。
  3. Buot, S. (2016). Balintawak Eskrima. PA. Tambuli Media.
  4. Galang, R. S. (2005) Warrior Arts of the Philippines. NJ. Arjee Enterprises.

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