アーニスのスタイル

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エスクリマ・カリン

アーニスは1970年代にスポーツになりましたが、それ以前のアーニスは、世間ではゴロツキのケンカ術とみなされていました。今回は、ドセ・パレスのインティン・カリンを通して、アーニスがスポーツ化する以前のエスクリマドールの実態を見てみます。
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サンミゲル・エスクリマ

今回は、ロレンソ・サアベドラの弟子であり、ドセ・パレスのチーフ・インストラクターを務めた、モモイ・カニエテと、アーニス/エスクリマの技術の変遷について書いてみます。
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アティリョ・バリンタワク(2)

今回は、1975年にアンション・バコンとのバハドに勝利したイシン・アティリョが、バコン系統のバリンタワクをどのように評価しているか、そして、その評価に対するバコン系統からの反論について書いてみます。
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アティリョ・バリンタワク(1)

ロレンソ・サアベドラは、甥のドーリンとアンション・バコンに、コルト・リニアルを伝えました。今回はドーリンの系統のバリンタワクの継承者である、イシン・アティリョとアンション・バコンについて書いてみます。
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バリンタワク・エスクリマ(2)

バリンタワク・エスクリマの画期的な練習システムであるグルーピング・システムと、そのシステムを開発したバリンタワク・インターナショナルについて書いてみます。
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バリンタワク・エスクリマ(1)

ロレンソ・サアベドラの愛弟子のアンション・バコンと、バコンがコルト・リニアルを伝えるために創設した、バリンタワク・エスクリマについて書いてみます。
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ドセ・パレス・エスクリマ(2)

アーニスがスポーツ化したことにより、ドセ・パレスとバリンタワクの抗争が収束していくなかで、最後に起こったバハドと、それ以後のドセ・パレスについて書いてみます。
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ドセ・パレス・エスクリマ(1)

セブのアーニスの黄金期と呼ばれた50年代から70年代に、その中心となったドセ・パレスと、ドセ・パレスのトップファイターで、アーニスの実戦性をひたすら追求したカコイ・カニエテについて書いてみます。